体の設計図と呼ばれるDNAが傷ついたときに、どうやって人はその傷を治すのか、「DNA修復」の仕組みを研究しています。
実は私たちのDNAは日々傷ついています。その傷をきちんと治せないと体の設計図がごちゃごちゃになってしまいます。実際、DNAが何度も間違って治されてしまうと、がん、免疫異常、神経疾患などの病気、また老化が進むことが分かっています。そのため、DNAをきちんと治せる仕組みを知ることは、これらの病気の予防、そして健康増進につながります。わたしたちは、特にがんを対象として研究を行っています。がんがどうして出来るのか、発がんの原因が分かれば、きちんと予防できるはずです。
一方、がん治療では、わざとがん細胞のDNAに傷をつけてがん細胞を殺します。放射線治療や化学療法と呼ばれる治療法です。がん細胞がどうやってDNAを修復し、生き残ってしまうかの仕組みを知ることができれば、その修復を止める方法を使って、より効果的な治療方法を開発できると考えています。
こちらの実験機器を使って(実験機器一覧)、いわゆる「分子生物学」の実験をしています。分子生物学とは、細胞の中の出来事を、分子のレベルで研究することです。おもに、培養細胞を使います。
培地(栄養入り)が入ったフラスコまたはディッシュ(プラスチックの容器やお皿)の底に、細胞がくっついています
X線照射装置に、細胞が入ったお皿を入れます
*ドアを閉めて、スイッチを押したときだけX線が照射されるため、安全です。
培養細胞にX線を照射してDNAに傷をあたえて、DNAの傷に集まるタンパク質の解析をします。蛍光免疫染色という技術を使うと、蛍光顕微鏡を使ってDNA修復タンパク質の集積を見ることが出来ます。
このような技法を使うことによって、たくさんのDNA修復タンパク質が、いつどのようなタイミングで、そしてどのような秩序で集まってきているのかを観察します。
その後、ラボミーティングでの発表や、論文発表、学会発表用に、パワーポイントにまとめます
私たちは実験を行った後、データを整理し、同じ実験をやって同じ結果が出るかを確認します。それらの結果から現時点で考え得るベストな仮説を立てます。そして、「こんなデータがでたので、こんなことが起こっているだろう」と結論づけます。
ではその実験結果は、自分のパソコンの中にだけ入れていてもよいのでしょうか。いいえ、その実験結果を世界中の人に知ってもらうために、英語で実験結果をまとめることが必要です。それが論文です。
ただ実はここからが研究者の大変なところ醍醐味ですが、論文を発表するために、論文を雑誌社(有名な雑誌はNature, Cell, Scienceなど)に送ります。雑誌社の編集長は、僕らが書いた論文では実験が正しく行われているか、実験データの解釈が正当かどうか、その分野の専門家2-3人に評価を依頼します。これらの評価者は匿名なので、僕らは誰が評価しているか分かりません。そして評価者から辛辣ありがたいコメントをいただき、評価者が納得してくれるように追加実験や文章の修正を行います。
そして全ての評価者に納得していただいて、ようやく雑誌社に僕たちの研究成果が論文として掲載されます。
英語で論文を発表しますので、結果的に世界中の研究者が論文のデータを見ることができます。現在はオンラインがほとんどですが、オンラインであっても書籍化されるということは、人類の文明が続く限り、ずっと残る人類の知的財産となります。生物に関わる発見であれば、その論文を参考にして、生物の教科書が書き換わるかもしれません。また、その発見をもとに新たにどこかの国の研究者、または大学院生が研究をスタートさせるかもしれません。医療に関わる発見であれば、新しい薬の開発が始まるかもしれません。その発見によって病気の原因が分かることで、不治の病だと言われていた方に治療方法の希望を見出すことができるかもしれません。このように、論文を発表することで世界中の科学に影響を与えることができるのです。
論文発表の内容を整理し、僕たちの実験結果を大きなスクリーンを使って研究者たちの前で発表します。国内の学会は日本からの参加者がほとんどですが、国際学会では世界中の人が参加します。100人、200人、時にはそれ以上の大きな会場で発表することで、一度に多くの研究者に向けて自分たちの研究成果を発表することができます。論文を雑誌社に送ったときのように、時にはその分野をリードする世界トップレベルの方々から辛辣ありがたいコメントをいただくこともあるかもしれません。ただ、そのように面と向かってお互いが議論し切磋琢磨することは、サイエンスのレベルを高めるためにとても重要なことです。
こちらのページを読んでいただいた方は、生物研究について、またDNA修復学研究室(柴田ラボ)の研究内容、そして雰囲気を感じ取っていただけたのではないかと思います。「科学」と言っても実は様々で、日本ではよく「科学技術」という言葉が用いられます。私は「科学」と「技術」は別々の言葉だと思っていて、科学は新しい概念、つまり今まで誰も思いもしなかった考え方を生み出すことだと思っています。例えば、地球は丸い、物体には重力がある、体は細胞からできている、細胞の中にはDNAがある、です。一方で技術は、何か新しい物を作り上げることであり、今まで出来なかったことができます。例えば、最新の望遠鏡でブラックホールを観察したり、超解像顕微鏡で細胞の中のDNAを観察したり、です。新しい概念は思いついただけでは不十分で、立証することが必要です。それぞれの時代で革新的な技術が生まれ、その技術を使って誰かが考えた新しい概念が証明されます。このように、科学と技術は両輪として働くことによって、本当の意味での科学(サイエンス)が発展すると私は考えています。
DNA修復学研究室では、柴田の師であるイギリスのJeggo教授から受け継いだ「新しい概念を提示するための研究」を行っています。そのため、自ら新しい技術を開発するというよりは、同じ時代を生きる研究者が開発した新しい技術を臨機応変かつ適材適所で導入し、自らの仮説を証明するといったスタイルで研究を行っています。Jeggo教授は、DNA修復には非相同末端連結と呼ばれる修復経路があることを提唱し、そこで働くDNA-PKという分子を発見しました。さらに、DNA修復が、免疫細胞が多様性を獲得するための反応に関わることを世界で初めて発見し、その概念を提唱しました。Jeggo教授からの影響が大いにあると思いますが、柴田ラボでは、人の体で起こっているDNA修復の仕組みについて、「あ、実はこんな風な仕組みになってたんだ」という発見をして、全世界に向け、新しい概念を提唱することを目指しています。世界の誰よりも早く気づき、それを実験で証明して、そしてその情報を論文として全世界の方々に配信する、という流れですね。
最後まで読んでいただいた方、誠にありがとうございました。最後まで読んでいただけたのであれば、きっとDNA修復、そして柴田ラボのことに興味を持っていただけたはずです、ぜひ一緒に研究しましょう。